身についた技はなかなか離れない。車のポンピングブレーキがそうだ。
たとえば雨に濡れたような滑りやすい道路で急ブレーキをかけると車輪の回転がとまったまま車体は滑って横向きになったり回転したりする。それを防ぐためにブレーキを細かく断続的に踏むことで車の体勢を維持する技術をポンピングブレーキという。
ところが今の車はたいていABSを装着している。運転者がブレーキを踏み続けても自動的に緩めたりきつくしたりを繰り返す。だからポンピングブレーキをする必要がない。にもかかわらず私は今でもとっさにしてしまう。
登山でも同じことがある。私はダイナミックビレーという技術を身につけている。互いにザイル(ロープ)で確保しあっている相手が転落をしたとき、そのショックで自分も飛ばされるのを防ぐためにザイルを滑らせながら徐々に止めていく技術である。この技術はザイルの伸縮が少ない麻の時代のものである。
今使われているナイロンザイルはショックを受けるとずいぶん伸びる。それがショックをやわらげる。だからぎゅっと握っても体が持っていかれることはない。
四十数年前に北アルプスの槍沢を、その頃使われ始めたナイロンザイルで結び合って降りていたときのこと、相手が滑落した。とっさに私はダイナミックビレーで止めたのだがザイルが伸びたため、止まるまでに相手はずいぶん滑り落ちていた。雪の斜面だったから問題はなかったが岩場だったら転落者は相当のダメージを受けていただろう。